「霧の中」ではない大韓航空機事件の真相
   ー 法廷も認めた「意図的領空侵犯」ー


  NHKの偏向番組

 去る九月二三日の日曜日、NHKは夜九時からの「NHKスペシャル」で「霧の中の歳月・大韓航空機撃墜事件」を一時間にわたって放映した。これは一〇月二一日の日曜日にも再放映されたからご覧になられた方々も多いことであろう。この番組の中には、少しではあるが私も登場している。そして、いくらかの期待をもって、見ないことにしていたテレビもみた。しかし、その結果は失望だけであった。私の期待は見事に裏切られて、見終わった時の私は呆然としていた。
 この番組は、まさに「情報操作」そのものである。あの大韓航空機事件に終始つきまとって離れない犯罪隠しの「情報操作」を、この時機に、なぜまたNHKがやらねばならなかったのか。弱い立場の遺族たちの真相究明の願いをまったく無視し、私たち「真相を究明する会」の会員である国会議員、文筆家、航空技術者、教員、一般市民等の長年にわたる血のにじむような努力の成果を、巨大なローラーで一挙に踏みつぶしてしまったようなあの番組の取り上げ方には強い怒りを禁じえない。
 問題は、昨年八月二日(日本時間)、アメリカのワシントン連邦地裁で出された評決である。いうまでもなく、大韓航空機事件真相究明の最大のカギの一つは、大韓航空007便の二度にわたるソ連領空侵犯が「意図的」であったかどうか、にあった。従来、007便の領空侵犯の一部始終を米軍が熟知していた点は認めざるをえなかった一部のマスコミ・評論家たちも、侵犯が「意図的」であるという点については頑なに否定し、INS(自動慣性航法装置)の入力ミスなどの人為ミス説に固執してきた。しかし、事件発生以来、異例の長期審判を続けてきたワシントン連邦地裁陪審は、「事件は航路を逸脱したことを知りながら意図的にソ連領空の飛行を続けたパイロットの違法行為によるもの」と認定し、その上、大韓航空には、一部アメリカ人遺族に対する五千万ドルにおよぶ「懲罰的賠償金」の支払いを命じる評決をも下したのである。
 この評決の意義は極めて重大である。まず第一に、事件発生以来、米政府側の真相を覆う隠そうとするあらゆる妨害工作が続いたあとで、このような評決が出されたということである。その妨害は、全面的な箝口令、エルメンドーフ米軍事基地レーダー記録等の証拠の隠滅、調査の妨害など、あらゆる面にわたっていた。つぎに、この評決が、レーガン寄りといわれてきたロビンソン判事の主宰するワシントン連邦地裁の法定という、政治的背景からは最も困難な条件の中で、遺族たちの努力により勝ち取られたという点である。そして最後に、事件直後のあの大々的な反ソ・キャンペーンの去った六年目にして、市民としての冷静な知性と・良識により、この判断が出されたということである。アメリカの有力紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」も、「機長らの、『意図的な違法行為』を認めたのは、′アメリカの航空裁判史上はじめてのケースであり、『懲罰的賠償金』も前例がない」と、この評決を評価する論評を加えた(昨年八月七日)。
 しかし、NHKは「霧の中の歳月」というタイトルをつけて、この重大な事実を完全に無視した。というよりも、あとでも触れるように、極めて周到に、意図的に取り上げようとはしなかった。そして最後まで、事件の真相はいまも「霧の中」であることを強く印象づけようとした。その「霧」はいま、かなりの程度晴れ上がけ、青空が覗こうとしているにもかかわらずである。
 もっとも、大韓航空は、この評決を不服として、再審査を要求した。しかし、私が直接ワシントンから取り寄せた裁判文書によると、ワシントン連邦地裁は、大韓航空に対して「これ以上裁判を遅らせる正当な理由はない」(アメリカ時間九月七日)、007便の「意図的な不法行為」についての証拠は「充分に立証されている」("significantly probative" 同、一〇月一二日)として、「裁判所命令」の形で、要求を却下している。かつては、証拠の採用や証人の喚問などで、米政府と大韓航空の立場を代弁するものと、遺族、弁護士たちから強い批判を受けてきたロビンソン判事は、いまや頑なまでに、大韓航空の「意図的ソ連領空侵犯」にこだわっているようにさえ見える。

  真相は二つに一つ

 この公的な法廷の場で証拠に基づいて出された評決により、事件の真相究明を要求する国際的な運動は、真相に一段と迫る新しい段階に入った。これからの真相究明の運動はすべて、この007便が「故意にソ連領空を侵犯した」という事実から始められなければならないからである。そして、この場合、残された真相の可能性は二つしかない。大韓航空きっての優秀なパイロットといわれた007便の千機長が誰からも強制されなかったにもかかわらず、自らの意志で、二度も意図的にソ連領空を侵犯したか、あるいは、誰かに強制されて、やむをえず意図的にソ連領空に侵入したか、のどちらかである。それ以外の可能性があるであろうか。
 このように、事件の真相が二つに一つというところまで絞りこまれているということこそ、大韓航空機事件を取り上げる場合、その取材の立場いかんにかかわらず、また、事件へのアプローチの違いを越えて、事実として触れられなければならない真相究明の成果であり、現時点での到達点なのである。だからNHKも、この時点で大韓航空機事件を改めて放映しようとする以上、007便の「意図的領空侵犯」の事実を避けて通ることはないはずだと私は考えた。
 制作担当の I氏から取材協力を依頼された時、私はまず、真相究明運動以外に、遺族としての悲しみを訴えるようなつもりは全くないことを言明した。執拗に頼まれたわが家の内外での撮影もはっきり拒否した。その上で、この「意図的領空侵犯」の事実が少しでもひろく、一般の人々の間に理解されることを期待して、取材に応じた。参議院議員会館での記者会見の場、事件に関連してできた会の一つ「いのちときぼうの会」での真相究明運動報告の場、NHK内部での取材等で、私がカメラの前に立ったのは、おそらく、四時間以上にも及ぶだろう。
 しかし、放映された番組では、無責任でずさんなICAO(国際民間航空機構)の人為ミス説を紹介しても、人為ミス説を覆してきた私たち「究明する会」の活動については、少しも触れなかった。大韓航空側の「007便が航路逸脱したことの証拠はない」という妄言を伝えても、007便のソ連領空侵犯は意図的であったというワシントン連邦地裁の評決については、ついに一言も言及しなかった。そして、事件はいまも「霧の中」であると一方的に結論づけたのである。
 何度も繰り返したいのだが、この事件の真相は決して「霧の中」ではない。前述のごとく007便の千機長が自らの意志で、自殺でもするつもりでソ連領空に突っ込んで行ったのでなければ、誰かから強制されたものでしかありえない。そして、その場合、ソ連領空侵犯の目的はほとんど自明の理として、アメリカ政府機関の謀略以外には考えられないのである。しかも、大韓航空は民間航空会社でありながら、事件当時、アメリカから輸出が禁止されているはずのイランヘ、大量のミサイル等の兵器を極秘裡に空輸していた事実もあった。情報公開法によって入手されたその秘密文書の一部のコピーは、私の手元にもある。大韓航空はレーガン政権のイラン秘密工作にも深く関与していたのであった。
 もとより、そうは言っても私が、何が何でもアメリカ政府を犯罪の元凶に仕立てあげたいのではない。むしろ、私の心情はその逆である。事件の翌々年出した本の「あとがき」の中でも、私は次のように書いた。

 突飛な言い方になるかもしれないが、できればどなたか、確実な証拠と明快な論理で私たちの「確信」を突き崩していただけないものか。アメリカ政府は私たちの家族に対して、決して犯罪を犯してはいなかった、ということを私たちに納得させて下されば、私たちもそれによって少しは救われるかもしれない。本書を書き終えたいま、アメリカ政府の犯罪に確信をもちながらも、私はまだ苦しまぎれに、そのような「期待」さえ捨てきれないでいる。(『疑惑の航跡』潮出版社、1985年、339頁)

 私自身は、アメリカで学生生活を送ったこともあり、懐かしい多くの友人をアメリカにもっている。犠牲になった妻の富子と長男の潔典もアメリカが好きであった。アメリカ政府や軍部が、民主主義の陰に隠れて、たまに理不尽な暴走をすることがあっても、アメリカ庶民の明るいほほえみと善意を、私は疑うことができない。この「苦しまぎれに」アメリカ政府の無実を「期待」する気持ちは、これを書いているいまも変わらないのである。

  ウソをつくアメリカ政府

 しかし、いままで七年の間、真相究明の運動に携わってきて、アメリカ政府の無実を証明するような資料は、ついに何一つ、手に入れることができなかった。逆に、アメリカ政府の犯罪が色濃く滲み出たものが殆どであったといってよい。明確にウソであることを示す資料もいくつかある。あの撃墜直のブラック・ボックスの捜索に関するアメリカ政府の発表もその一つであった。
 一九八三年九月一日の事件発生以来、ソ連と鏑を削って007便のブラック・ボックス 「捜索」にあたってきたアメリカ政府は、十一月六日にその「捜索」を終了し、次のような声明を出した。

  ・・・・・・われわれは使用可能なあらゆる技術的手段を用いて、大韓機の残骸を発見しうる可能性のある海域はすべて徹底的に捜索した。その上で、太平洋方面指揮官の勧告と日韓両政府及び国連国際民間航空機関との協議を経て、われわれは本日付けで捜索活動を終了する・・・・・・
 われわれは、最初から、発見に成功する見込みはあまり無いと思っていたが人道的立場から努力した。大統領も人道的精神であらゆる努力を傾注して捜索に当たるよう指示した・・・・・・(最後のパラグラフに傍点筆者、外務省で入手した電文のコピーによる)

 大韓航空007便が沈んでいるとみられる海域は、モネロン島北部の北緯四十六度三十五分、東経百四十一度二十分付近である。水深は、深い所で二百六十一メートル、だいたい二百メートル前後と考えてよい。この浅海でアメリカ政府は、「人道的に努力」していることを見せかけるために、日本のサルベージ船を雇ったり、海上保安庁と運輸省の専門家を艦船に乗せたりして、手のこんだ芝居を演出した。ただ、そのアメリカ政府にとって不都合であったことは、「捜索」中のアメリカ艦船の動向が逐一、稚内海上保安部の巡視船に把握されていたことである。それを当時、NHK稚内支局で取材に当たっていた小山巌記者が克明に海図の上に写していた。
 結論だけを言うと、その貴重な一次資料の海図自体が、日を追うにつれて、アメリカ海軍の欺瞞的な「捜索」状況を雄弁に語り始めたのである。アメリカ海軍は007便の機体捜索なろくにしていなかった。「ブラック・ボツクスがあるはずもないと指摘された北西海域で、米海軍は何をしているのか」と、小山氏は著書『消えた遺体』(講談社、1987年、88頁)のなかで述べている。
 アメリカはソ連に比べても圧倒的に優秀で高性能の水中回収能力を持っているといわれできた。そのアメリカが本当に「人道的立場で努力」したのであれば、たった二百メートルの海底から007便のブラック・ボックスを引き揚げることぐらいは極めて容易であったにちがいない。
 一九八〇年に地中海ウスチカ島上空で爆発して海底に沈んだDC9型イタリア旅客機は、三千五百メートルの深海から引き揚げられた。また、一九八七年十一月に日本人四十七人を含む乗客・乗員百五十九人を乗せたままモーリシャス沖に墜落した南アフリカ航空機のボイス・レコーダーは、水深四千五百メートルからでさえ引き揚げられているのである。(「朝日新聞」1989.1.11)
 アメリカ政府の声明には「大統領も人道的精神であらゆる努力を傾注して捜索に当たるように指示した」とある。しかし、これくらい冷酷なウソはないであろう。民間人を犠牲にした悲劇でさえ最大限に利用しようとした軍事優先の論理はあっても、「人道的立場からの努力」などは微塵もなかったことは疑いを容れない。私も、『大韓航空機事件の研究』(三一書房、1988年、323頁)のなかで、「アメリカ軍の欺瞞的な捜索状況なども客観的に明らかになっている現在では、この声明は、なんとしらじらしく、かなしく、非情にひびくことか」と書かざるをえなかった。

  アメリカ政府の犯罪

 多くを述べる余裕はないが、少なくともこの事件に関しては、アメリカ政府は、しばしばウソをついている。そして多分、「アメリカは民間機を軍事目的に使ったことはない」というアメリカ政府の言明は、この事件最大のウソであろう。
 周知のごとくアメリカでは、事件当初から元RC135偵察機搭乗者等、軍関係者からの内部告発がいくつかあった。そのような告発の一つを、私の所へ送られてきた本から引用しておきたい。デービッド・ピアソン氏の『大韓航空機事件の隠蔽』(David Pearson; KAL 007: The Cover-up, Summit Books, 1987, pp.86-87) のなかで、アラスカのアメリカ空軍に勤務した経験をもつある元軍人は、つぎのように「証言」している。

 民間の航空機や貨物輸送機を極秘のうらに選んだパイロットたちを使って、主としてソ連の領空・領海を侵犯する秘密任務飛行を行わせる場合、米軍傍受施設は常に、事前に、あらゆる情報を幅広く探知するように命じられていました。
 そのような領空侵犯の準備、計画、細部の実行要領、それに民間機が領空を侵犯していく航路の承認とソ連の交信網を捕捉する具体策などについても、アメリカ空軍部内では、民間機をソ連の領空やレーダー網の中へ偶然に入り込んだ振りをさせて送り込む以前に、いろいろと話し合われてきました。私はそれらをこの目で見てきたのです。
「たとえそのような領空侵犯があっても、ソ連が力ずくで民間機を撃ち落とすことができない限り、彼らははせいぜい国連で文句を並べるのが関の山だ」というのが、アメリカ空軍部内ではみんなが等しく考えていたことです。
 民間機をソ連領空に侵犯させる場合、そのことを国防総省と米空軍戦略司令部は事前に知っていること、最終的には国防長官がそのような領空侵犯飛行の可否を決定すをことなども、アメリカ空軍部内では秘密でもなんでもなく、あからさまに語り合われていました。
 意図的な航路逸脱のことを、アメリカ空軍部内では「航路の誤り」(error in course)と呼んでいましたが、これをもじって冗談半分に「勿論それは人為ミスだ」(error of course) と担当者たちは茶化して言っていたくらいです。
 秘密任務飛行が承認されると乗員と飛行機が選ばれ、領空侵犯の指令が与えられます。アメリカ空軍の偵察機や地上傍受施設は、ソ連領空侵犯計画が承認され民間機が任務につくことを通告されます。そして、その秘密任務飛行が完全に終わるまで、あらゆる周波数でソ連の交信は傍受されるのです。
 このような民間機によるソ連領空侵犯は、アメリカ国防総省および国防長官と、日本、韓国、タイ等の国々との政治的協力関係の中で実行されているようです。
 アメリカ空軍が、ソ連のレーダー能力や防空態勢を探知するため、このように何も知らない一般の民間人を利用していることは重大なことであり、私は深く憂慮していました。
 このような領空侵犯に使われる民間飛行機のことを私たちは「極秘のスパイ機」の意味で「アヒル」という隠語で呼んでいたのです。

 私たち遺族にとっては、身を切られるように辛い「証言」内容であるが、あの硬直したタカ派であったレーガンのもとでは、アメリカの軍部も独善的な大義名分をふりかざして、どんなことでもやれたのかもしれない。

  ソ連にも公開質問状

 ともあれ、現在までに明らかになった事実のうち最も重要なのは次の三点である。

 1、大韓航空007便の航路逸脱の一部始終を米軍は熟知していたこと。
 2、007便は意図的にソ連領空を侵犯し、サハリン上空では撃墜されるまで逃げ回ったこと。
 3、ソ連は007便を米軍機と誤認して撃墜したこと。

 事件後七年間、真相究明の運動は長い険しい道を歩んできた。そしていま、残された最大の課題は、「なぜ007便は意図的にソ連領空に侵入していったか」を、客観的に、より明確な形で明らかにすることである。しかし私たちの前には、巨大な国家機密のカベが聳え立っている。前述の、007便の「意図的ソ連領空侵犯」を評決せしめたワシントン連邦地裁のロビンソン判事自身、米政府に対する疑惑を法廷で審議することは、国防上の機密を盾に、厳しく制限してきたのであった。
 そのロビンソン判事にとっては、この評決も、あるいは一つの妥協であったのかもしれない。日本における裁判でも、一部の遺族は、最近、十月二十二日、大韓航空との間で初めて和解に応ずるようになった。これにより、「レ−ガン政権の犯罪」が「大韓航空への懲罰」だけでカムフラージュされてしまう懸念がないわけではないが、いずれにせよ、事件の真相究明は、これからがいよいよ正念場であるといえよう。
 その真相究明の重要なカギの一つは、日本政府が頑なに公表を拒んできた事件当日午前三時から約一時間分の稚内、網走レーダー記録である。事件直後に、衆参両院による全会一致の真相究明要求決議を受けながら日本政府は、その後七年におよぶ歳月を経て今なお、「大韓航空007便が、いつ、どこで撃墜されたのか」という簡単な核心的事実さえ国会には報告していない。
 私たち「真相を究明する会」は、一昨年十二月以来、ソ連のゴルバチョフ書記長(当時)に対しても、瀬谷英行参議院議員をはじめ衆参両院十一人の国会議員連名による事件に関する公開質問状を出して、情報公開を要求し続けてきた。政権交代後のブッシュ大統領にも、公開質問状を送って、事件の情報公開を求めた。そのいずれに対しても、まだ返事はない。
 今日、もうあの撃墜事件は遠い昔のことであったかのごとく、「冷戦の終焉」と「国際情勢の緊張の緩和」が語られ、世界が永続的な平和の時代を迎えつつあるような世論も醸成されている。しかし、現実の世界は、それとは裏腹に、中東地域に見られるように、新たな拡散された危機が世界を揺るがせているのである。
 軍事機密のなかで、突如として、家族や友人・知人を奪われ、その原因も結果すらも知らされないとすれば、私たちは何を信じることができるのであろうか。私たちは、二百六十九名の命を奪った七年前のあの事件が何であったかという、その真相が全世界の前に明らかにされないかぎり、「緊張の緩和」なるものを信じることはできない。私たちは、民主国家の主権者たる国民の人権と、真実を知る権利が侵害されてきた事実を指摘しつつ、これからもなお、真相の公表をアメリカ政府のみならずソ連政府へも、そして日本政府へも、求めていくことになるだろう。 -- 1990.10.25 --

    (情報企画社「月刊イズム」1990年12月号所収)