(日付の新しいものから順にならべてあります)

 




   ちょっと一息いれてアメリカのジョークを〔41〕    (2016.06.24) 


 あるカウボーイが、盛んに自分の馬を褒めそやしていた。

 「ぼくは君が見たこともないような賢い馬を持っているんだ」と言って、こう続けた。
 「ある日、乗馬中に落馬して脚の骨を折ったんだが・・・・」

 「ちょっと待って」、ともう一人のカウボーイが、遮って言った。
 「君はまさか、その馬が、君を拾い上げて鞍へ乗せてくれたというんではないだろうな」

 「そうではないんだ。馬は僕をベッドのところへ引きずって行ったあと、5マイルも走って医者を呼びに行ってくれたんだよ。居たのは馬医だけだった。その馬医を乗せて馬は帰ってきたんだよ」


           ==========


 A cowboy was raving about his horse.

 “I got the smartest horse you ever saw!” he declared.
 “One day while riding I fell off and broke my leg…”

 “Wait a minute,” interrupted another cowboy.
 “You’re not going to tell me he picked you up and put you back in the saddle.”

 “No, but he dragged me to my bunk, then galloped five miles to get me a doctor.
 There was only one catch: he came back with a horse doctor!”




          **********




  シルバー・バーチの霊訓を読み返して    (2016.06.18)


  I. Y. 様

 メールを拝見しました。最愛のお母さまを亡くされたご心中、お察し申し上げます。「霊でもいいから会いたい」と言っておられるお気持ちも、よくわかります。

 私の『天国からの手紙』を読んでくださったそうですが、あの本にも書いてありますように、私は霊界のことなど何も知らないままに、何年もの長い間、苦しんでいました。「溺れる者は藁をもつかむ」思いで、仏典や聖書をはじめ、霊界について書かれた本を次々に読み始めるようになりました。霊能者がいるという教団などにも足繁く通ったりしましたが、亡くなった家族が霊界で生き続けている事実を私が確信をもって受け止められるような心の準備ができるまでには、私の場合は、無明の闇が深かったせいでしょうか、かなりの時間がかかっています。

 いまなら、私は、何よりもシルバー・バーチの本を読むことを心がけていたと思います。霊界について書かれた本は沢山ありますが、私は、シルバー・バーチの本だけを、繰り返し何度も読むことが大切だと思っています。そう思うようになって、このホームページでも、シルバー・バーチの教えについては、「叡知の言葉」、「今日の言葉」、「学びの栞」などで、いろいろと取り上げてきました。真理のことばは、悲しみを癒す大きな力があります。生とは何か、死とは何かを知ることによって、いままでの悲嘆と苦しみが大きな安心と喜びに変わることもあるかもしれません。

 あなたは、「霊媒師の先生」について紹介してくれるように、と、書いておられます。この「メール交歓」欄でも、いままで何度もそのようなメールにお答えしてきましたが、シルバー・バーチの教えに触れながら、そのようなメールに対する返信にも、目を通してみてください。あなたは、自ずから、求めている答えを見出すことができるのではないかと思っています。どうか希望をもって、学びを深めていかれることをお祈りしています。



          **********




  最愛の母を亡くして悲嘆に暮れる    (2016.06.18)


 武本先生

 初めてメールをさせて頂きます。『天国からの手紙』 を拝読致しました。霊になってお会いできたこと、私にも救いを与えて頂きました。私は、約1カ月前、最愛の母を亡くしました。私と一心同体の母でした。今でも、毎日毎日涙が出ない日はありません。霊でもいいから会いたい、その思いばかりです。

 先生は、ご子息、奥様にお会いできたのですね。私も母に会いたいです。霊媒師の先生を通してでも会いたいです。図々しいお願いかもしれませんが、霊媒師の先生をご存知でしたら、ご紹介願えないでしょうか。どうぞ宜しくお願い申し上げます。

  I. Y.


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  霊的真理の学びを深めてお子さんに応える    (2016.06.05)


 T. T. 様

 メールを繰り返し拝見しました。素晴らしい素質をお持ちのお子さんを突然失われて、どれほどの深いお悲しみであったことかと、ご心中お察し申し上げます。止めどなく涙も流されたことでしょう。お子さんの美しい笑顔を思い出されて、諦めようにも諦めきれない思いであったろうこともよくわかります。そんな時には、また、存分に泣かれたらいいだろうと思います。私も一緒に泣いて差し上げたいという気もいたします。私たちは、弱い人間ですから、悲しみに打ちひしがれて泣き崩れるのを、誰も止めることはできません。

 何度かこのメールでも書いてきましたが、世の中にはよく、年少者の死に対して、「あんないい子が何故」というような言い方がされることがあります。本当は、「あんないい子だから」能力に見合う厳しい道を選んでいるわけですが、普通にはなかなかこの真実はわかってもらえません。でも、メールを拝見していて、あなたはわかっておられるのだと思いました。「天使のようで、笑顔が美しく、才能に溢れ、これから輝かしい未来が約束されているであろう」お子さんは、「だからこそ」19歳で霊界へ移りました。あなたが言われるように、お子さんは、この世では健気に、本を読んでくれたりして、旅立ちへの準備をされていたのだと思います。「幸せだった。会えて、一緒に暮らせて、今まで幸せだった。ありがとう・・・・・」 は、正にお子さんのことばにほかなりません。

 メーテルリンクの『青い鳥』のなかに出てくるチルチルとミチルの話にもあるように、子どもは、父母を選び、環境を選んで生まれてきます。旅をして未来の国(霊界)へやってきたチルチルに、弟として生まれることになっている子どもが逢いに来る場面があります。「その子」は、猩紅熱、百日咳、はしかを病んで、そして死んでいくことをも「選んで」、地上に生まれてくるわけですが、霊界では、永遠の生命は自明ですから、当然のことながら、幼くしてこの世を去っても「不幸」ではありません。それは、霊性の向上のために必要な体験で、学ぶべき課題がそれぞれに与えられている、という大切な意味をもつことになるのでしょう。そしてそれが、決して、単なるおとぎ話ではなくて、「大変な真実」であることを、霊界に行ったコナン・ドイルが霊界通信で証言しています。あなたのお子さんは、純粋で、才能に溢れているが故に、飛び級でこの地球学校を卒業し、霊界という名の「宇宙大学」へ留学されたのではなかったでしょうか。

 はじめに、私たちは「弱い人間」だと書きました。しかし、生と死の真実を知ることができれば、その弱い人間も、強い人間に変わります。あなたはシルバー・バーチも読んでおられるようですから、すでに数多くの真理の言葉にも接してこられたと思いますが、そのなかには、次のような教えもあります。「皆さんもいずれは寿命を全うしてその肉体に別れを告げる時がまいります。皆さんのために尽くして古くなった衣服を脱ぎ棄てる時が来ます。土の束縛から解放されて、死の彼方で待ちうける人々と再会することができます。その目出たい第二の誕生にまとわりついている悲しみと嘆き、黒い喪服と重苦しい雰囲気は取り除くことです。そして一個の魂が光と自由の国へ旅立ったことを祝福してあげることです。」(『霊訓 (12)』p. 218) コナン・ドイルも霊界からの情報『人類へのスーパーメッセージ』のなかで、「今は亡き、父親、母親、夫、妻、兄弟、姉妹、子供と、再びこの世とあの世の障壁を越えて心を通わせられるということを知るほど、心を慰めてくれるものがあるでしょうか。それは本当のことなのです。素晴らしいことに本当なのです」などと伝えてくれいますが、あちらでも日々研鑽を積んでおられるお子さんにも安心していただけるように、私たちも、こういう霊的真理をしっかりと学んでいきたいものと思います。



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  才能に溢れていた最愛の息子の突然の死      (2016.06.04)


 武本先生、いつもブログを拝見させていただいてます。その後、お身体の調子はいかがでしょうか?

 2013年1月23日、最愛の息子が突然死。享年19歳でした。先生のご著書『天国からの手紙』との出会いは2012年5月。大好きな友人が亡くなって辛い日々を送っていた私に、この本いいよ、と母が薦めてくれたのです。悲しみの中で突き動かされるように一気に読了致しました。そしてその9か月後、最愛の息子の死で絶望のどん底の中、再び『天国からの手紙』を読み返しました。

 友人の死、武本先生のご著書との出会い・・・・今思えばすべては息子の死への魂の準備であったと感じています。幼少より宗教を信仰していた為、生命が永遠であることや輪廻転生は、ごく当たり前なこととして自分の中で定着していましたが、死というものそれ自体、また死後の世界についてはまったく考えていませんでした。死というものはいわば次に転生する為の準備段階、それはまるで翌日にむけて疲労を癒す睡眠のようなものだ・・・・という認識しかありませんでした。肉体のあるこの世の生こそが本番で、死後は次の本番までの休息でしかないという認識は最愛の息子を亡くして気が狂いそうな私にとって、何の慰めにもなりませんでした。

 天使のようで、笑顔が美しく、才能に溢れ、これから輝かしい未来が約束されているであろう息子。歌が大好きで、死の数時間前まで大きな声で歌っていた息子が、いきなり目の前で倒れ、そのまま逝ってしまった。あんなに溌剌として元気で、ムードメーカーで、笑顔を絶やさなかった息子が、次の生の為にただ横たわって休息しているだけなんで、耐えられないことだったのです。生命が永遠だと分かっていても、これでは救われない! 『天国からの手紙』を読み、死後の世界で息子はこちらで生きていたときそのままに、あちらの世界でも活き活きと日々を送っていることを知り、どんなに嬉しかったでしょう!武本先生、本当にありがとうございます。

 息子が今いる場所のことが知りたくて、シルバーバーチをはじめ、コナンドイル、その他多くの本を読み漁り、ネットでもいろいろなサイトを閲覧し、死後の世界こそが本来魂のあるべき場所で、魂の向上の為にこの世に生を受け修行をしているのだと分かり、それまで閉じていた目が開眼した思いでした。私と息子はこの世に生まれる前に、2人で一緒にこの辛い人生のプランをたてていたのだと思います。本が大好きな息子が高校生の時に私に薦めてくれた本を、私が仕事でなかなか読めずにいたので、ある日突然彼は、348頁もあるその本を私に読み聞かせ始めました。息子の音読があまりにも素晴らしく、まるで映像を観ているように引き込まれていったのを憶えています。

 息子が亡くなった後この時のことを思い出し、なぜ彼は半日かけて私にあの本を読み聞かせたのだろう? そこに何かメッセージがあるのかもしれないと思い立ち、読み返しました。「幸せだった。会えて、一緒に暮らせて、今まで幸せだった。ありがとう・・・・・」 突然死で、私に別れの言葉が言えないことを魂で分かっていた息子は、生前にこの小説の中の言葉を自分の言葉として私に伝えていたのです。涙が止まりませんでした。他にも、息子が私に読むように強く薦めてくれた本の中に、亡くなった人からこの世に手紙が届くという小説がありました。また、息子が大好きな歌のひとつ『Way back into love』。この歌詞にも彼のメッセージが溢れています。恋しさゆえに、まだまだ泣いてしまうことが多いですが、常に息子と共にある瞬間瞬間を大切に生き抜いています。

 もともと霊的レベルが高かった息子が、あちらでも日々研鑽を積みながら更にレベルアップをしていると思うと、私もぼんやりしていられません。私も今世で魂を磨き、死後の世界の心理、真実の愛を少しでも多くの人に語っていきたいと思っています。あちらで息子と再会する(いつも一緒にいるので、再会という言葉は違うのかもしれませんが・・・・) その日まで、再び笑い合って一緒に暮らすその時まで、一歩一歩前に進んでいきます。武本先生にお会いしたいね・・・・と母とよく話しています。また、あちらで最愛の息子と一緒に武本先生にお会いできるのも、今からとっても楽しみです。長文失礼致しました。武本先生のブログをこれからも楽しみにしています。

 T. T.



          **********





  ちょっと一息いれてアメリカのジョークを〔40〕    (2016.05.27) 


 ある年の「嘘つきクラブ」での例会で、みんなは長々と大噓をついたが、
入賞したのは、ひとこと、
「嘘なんか私はついたことはない」とだけ言った会員であった。


          ==========


   One year at the Liar's Club meeting
where everyone told their biggest whopper
the prize was won by a member who merely said:
"I never told a lie."




          **********


 

  ちょっと一息いれてアメリカのジョークを〔39〕    (2016.04.29) 


 不安そうな患者に向かって医者が言った。
  「あなたの脈拍は心配ありません。時計のように正常に打ち続けています」

 患者は答えた。
  「でも先生、先生の手が触れているのは、私の腕時計の上です」



               ===========


 Your pulse is as steady as a clock,
 announced the doctor to the worried patient.

 Well, but you've got your hand on my wrist watch,
 he replied.





          
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  誕生日のメールをありがとうございます       (2016.04.23)


 S.M. さんをはじめ、海外からも誕生祝のメールをいただき、恐縮しています。

 たまたま、ホームページに誕生日の雑感を載せてしまいましたが、皆様に支えられて今日を迎えておりますことを、こころから感謝申し上げております。

 ひとこと厚くお礼申し上げます。



          **********




  
お誕生日おめでとうございます。            (2016.04.20)


 武本先生。

 はじめてメールさせて頂きます。2年前、急な身内の死を受け入れられず 夜中にネットサーフィンをしていて たどり着いたのが先生のHPでした。先生の本当におつらい体験、その後の 奥さまと息子さんと再会するまでの お話に私は本当に救われました。今は母と天国で再会する日を夢見て、そして 再会した時に母に誉めてもらえる事だけを目標に1日1日を過ごしています。

 私の様に先生のHPに助けられた方は たくさんいらっしゃると思います。私も身内や大切な方を事故や急変による死で亡くされた方には先生のHPと飯田史彦先生の本を紹介しています。改めてこの場をお借りして感謝申し上げます。

 今日はご家族とお祝いでしょうか。 きっと奥様と息子さんも天国で先生のお誕生日のお祝いをされているでしょうね。(先生のご家族4人で撮られた写真、とてもいい写真だと思います。) 少し前に体調を崩されていた様ですが その後体調はいかがですか。くれぐれもお体ご自愛下さいませ。

 先生のこの1年が健やかで素晴らしい1年になることを祈っています。これからもHPの更新楽しみにしています。

 S. M.


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 ちょっと一息いれてアメリカのジョークを 〔38〕   (2016.03.23)

 
 薬局の夜間ベルが何分間も激しく鳴り響いたので、2階で寝ていた薬剤師が眼をさまし、眠け眼で服を着て下へ降りてきた。
 キルトをはいたスコットランド人が薬局の前に立っていた。

  ”すみません。消化不良用の重炭酸ソーダを5セント分売ってくれませんか”
 とその男は言った。

 薬剤師はつい腹をたてて怒鳴った。
 ”こんな夜中に、たった5セント分の重炭酸ソーダを売ってくれ、と言うんですか? 
 コップ一杯のお湯さえ飲めば同じような効き目があるというのに、わざわざそれだけの重炭酸ソーダのために私を呼び起こしたんですか?”

 それを聞いたスコットランド人は、お金をポケットにしまい込んで言った。
 ”ああ、そうでしたか。それはいいことを教えてくれました。有難うございます。では、もう、重炭酸ソーダはいりません。おやすみなさい。”



      ===========


      For many minutes there had been a violent ringing at the night bell of a drug store until finally the druggist, who lived above it, sleepily crawled into his clothes and went downstairs. A kilted Scotsman stood in front of the store.

     "Five cents' o' bicarbonate of soda for indigestion, if you please," the Scotsman requested.

     "A nickel's worth of bicarbonate of soda at this time of night?"exploded the druggist. "Getting me up for that when a glass of warm water would have done just as well!"

    "Weel, weel," returened the Scot, putting his money back in his pocket. "I thank ye for the advice, and I'll no' bother ye after all. Good night."





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   希望をもって天の摂理を学ぶ       (2016.02.28)


 Y. S. 様

 メールを拝見しました。私も妻と子を亡くして悲嘆に暮れていたことがありましたから、「悔しくてたまりません」と書かれているあなたのお気持ちはよくわかります。私の場合は、生と死についての「無知」と「思い違い」に長い間気がつかず、立ち直るのに随分時間がかかりました。お子さんを亡くされた方々からのメールは、ご覧になればおわかりのように、この欄でもたくさん取り上げてきました。中には、「天使のような子だからこそ」、自分を導くために自分より先に天国へ行ったのだと感謝している方のメールをお伝えしたものもあります。ここでは、そのようなメールのことをまた繰り返すのではなく、ひとつの例として、ちょっと飛躍するようですが、ブッダとイエス・キリストの死に方を振り返ってみたいと思います。

 2,500年ほど前、パーヴァー村で托鉢をしていたブッダは、熱心な信者であるチュンダという貧しい鍛冶屋の家へ食事に招かれました。『涅槃経』によれば、そこで出された「スーカラ・マッダヴァ」という食べ物を食べたあと、ブッダは激しい腹痛に襲われます。食中毒だったのでしょう。それが命取りになりました。ブッダは弟子たちに、「くれぐれもチュンダが自分を責めたり、他人から非難されたりしないように配慮してほしい」と言い遺して、80歳で静かに死んでいきました。

 イエスの場合は、2,000年ほど前、よく知られているように、つき従っていた12弟子の一人、ユダに裏切られて、ローマ兵らに捕えられます。その後、弟子たちはみんな自分も逮捕されることを恐れて、逃げ隠れていました。イエスが裁判で引き回されている間も、弟子たちは誰一人としてイエスを助けようとはしていません。結局、イエスは罪人とし死刑の判決を受け、十字架につけられて殺されてしまいます。33歳での非業の死でした。

 死に方のその場面だけをみれば、ブッダは激しい腹痛に苦しみ、イエスは、両手首と両足首を釘でうちつけられ、息を引き取るまで何時間も激痛に耐えていたはずです。しかし、ブッダは天上の諸仏から見放されていたのでしょうか。イエスも神から背を向けられていたのでしょうか。現実には、ブッダの教えは仏教となって、いまも私たちのまわりに活きていますし、イエスの場合は、非業の死を遂げて復活したことで、臆病であった弟子たちの勇気を猛然と奮い立たせ、キリスト教を全世界に広めていくことになりました。人それぞれの死には意味があります。そして、このブッタとイエスの死も摂理のなかでの死であって、例外ではありません。

 おそらく、死に方のその場面だけの狭い視野に捉われていたのでは、ものごとの真実は見えてこないのでしょう。あなたは「摂理」ということばを繰り返し使っておられますが、摂理というのは、宇宙の摂理で、広大無辺の視野で考えていかねばならないと思います。そして、その宇宙の摂理のなかで改めて考え直してみると、あなたが「悔しく」思っておられるような「不公平」は微塵もありません。摂理の働きは一分一厘の狂いもなく完璧ですし、あなたはいまそれを希望をもって学ぶ貴重な機会を与えられていると、考えることはできないでしょうか。このメールでは、そのことだけを申し上げて、お返事に代えさせていただきたいと思います。



          **********




   天使のような子がなぜ夭折するのか   (2016.02.27)


 はじめまして。沖縄県に住む Y.S. と申します。最近武本様のサイトを見つけ、毎日少しずつ読んでいます。ありがとうございます。

 私の息子は昨年7月に13歳で天国へと旅立ちました。病気が判ったのは10歳手前で、抗がん剤、手術、移植と辛い治療を頑張って乗り越えましたが、結局再発してしまいました。息子はいつも笑顔で、優しく穏やかな子で、小さな頃からありがとうが口癖のような子供でした。親ばかかもしれませんが、本当に天使のような子供でした。すごく悔しくて悔しくてたまりません。

 ただ、息子のいないこちらの世界を嘆くより、息子のいる世界を知りたくて、武本様のサイトに助けられております。シルバーバーチの言葉にもたくさんの勇気を頂いております。でも、摂理に反したら病気や様々な困難が起こるとか、霊が正常であれば肉体は健康・・・という内容が理解できません。

 小児がんや病気で、幼くして亡くなる子供たちは、摂理に反していたから死んだんでしょうか。霊が正常でなかったから、病気になってしまったのでしょうか。極悪な犯罪者が病気にもならず、健康な肉体を持ちのうのうと生きているのはなぜでしょうか。その理不尽さが子供を亡くした親を苦しめています。まだまだ勉強不足で、まだまだ迷ってばかりの未熟な人間です。教えて頂けるとありがたいです。

 Y. S.


          **********





  ちょっと一息いれてアメリカのジョークを 〔37〕   (2016.02.24)


 ピータースン夫人は医者に向かって、医療費の請求が高すぎると苦情を言った。

 「忘れないで下さいよ」と医者は答えた。
 「ジョンくんが麻疹にかかったとき、私は11回も往診したんですよ」

 彼女は言い返した。
 「先生こそ、忘れないでください。ジョンが麻疹を4年生のクラス全員にうつしたおかげで、先生は随分収入が増えたではありませんか」



     ===========


 Mrs. Peterson complained to her doctor that his bill was too high.

 "Don't forget," the doctor reminded her, "that I made eleven visits
to Johnny when he had the measles."

 "And don't you forget," she replied, "that Johnny made you lots of
money by giving the measless to the whole fourth grade!"




          **********




  ちょっと一息いれてアメリカのジョークを 〔36〕   (2016.01.22)


 マーク・トウェイン(アメリカの作家、1835-1910)が講演旅行の途中、ある小さな町に着いた。
 夕食の前、彼は髭を剃ってもらうために床屋へ行った。

 「お客さんはよその町から来られたんですよね」と床屋が訊いた。
 「そうだ。ここへ来たのは初めてなんだよ」とマーク・トウェインは答えた。

 「いい時に来られましたね。今夜、マーク・トウェインの講演会があるんですよ。行かれますか?」と床屋が言った。

 「ええ、行くつもりだが」

 「切符は買いましたか?」

 「いや、まだだ」

 「でも、もう売れ切れていますよ。会場では立っていなければなりませんね」

 「ああ、それは厄介だね」とマーク・トウェインはため息混じりに言った。
 「講演会で座れるなんて聞いたことがなかったんだよ。あの男が講演するときには、私はいつも立っていなければならないんだ」



     ===========


 In the course of one of his lecture trips Mark Twain arrived at a small town.
 Before dinner, he went to a barber shop to be shaved.

 "You're a stranger?" asked the barber.
 "Yes," Mark Twain replied, "this is the first time I've been here."

 "You chose a good time to come," the barber continued.
 "Mark Twain is going to lecture tonight. You'll go, I suppose?"

 "Oh, I guess so."

 "Have you bought your ticket?"

 "Not yet."

 "But everything is sold out. You'll have to stand."

 "How very annoying!" Mark Twain said, with a sigh.
 "I never heard of such luck! I always have to stand when that fellow lectures."



          **********





  神仏に護られて今を生きる       (2016.01.15)


 S. T. 様

 メールを有難うございました。思いがけず宝山寺からのメールで、たいへん懐かしく、うれしく拝見しました。

 5,6歳の頃から、元旦の早朝には毎年、大阪市大正区の自宅から片道3時間ほどをかけて宝山寺への初詣を続けていたことは、私の心に残る最も貴重な、忘れがたい思い出です。上本町6丁目の近鉄奈良線に乗り換える時には大変な人混みで、まわりの大人たちから押しつぶされそうになっていました。石になってしまった夢を見たこともありますが、それさえも楽しい思い出です。私は長年教育者として過ごしてきて、教育とは何よりも、子供たちに美しい思い出を与えることだと考えるようになっていましたが、その私のこころの原風景は、この宝山寺への初詣であったかもしれません。

 5歳の頃の私は、家の近くの尻無川に落ちて、溺れ死ぬはずのところを救われています。その後、14歳の頃には、突然の病気で高熱にうなされ、戦時中で解熱剤もなく、普通なら間違いなく死ぬと思われるところを、また奇跡的に救われています。その時には、目がくらむほど燦然と輝くみ仏の姿に見守り続けられたという不思議な体験もしました。そして今では、人並みの、あるいは、人並み以上の紆余曲折の試練を潜りぬけて、自分のいのちが神仏に護られていること、私は生かされて今を生きていることにやっと気がつくようになりました。

 宝山寺からのメールというだけで、私には万感の思いがこみあげてきます。大阪を離れてからも、私は何度も宝山寺を訪れていますが、あの深々とした雰囲気の中の本堂と境内や麓から続く1000段の石段などが、ありありと目に浮かびます。荘厳な「不動明王慈救咒」も耳に響いてまいります。その宝山寺からのメールをいただきましたことは望外の幸せです。重ねて、厚くお礼申し上げます。



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   奈良県生駒山の宝山寺から        (2016.01.14)


 もう永年、毎日HP見ています。シルバーバーチの霊訓とともに生活の指針とさせていただいております。

 先生が子供の頃、宝山寺聖天さんをお参りしていらっしゃったこと知り、その宝山寺に住んでるものとして親近感を感じます。いつまでもお元気でHPを更新していただきますようお願い申し上げます。

 生駒市門前町 S. T.



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  霊的真理に導かれるべくして導かれる人々    (2016.01.04)


 J. M. 様

 メールを拝見しました。遠くギリシアのカラマタに住んでおられるあなたが跡見出身と聞いて、懐かしい気がしています。イギリスのブリストルもそうですが、カラマタも大きな港町ですね。インターネットでカラマタの街の写真などを眺めながら、私からも新年のご挨拶を申し上げます。

 事件から 2年ほど経った頃、私にはまだ事件の後遺症が深く残っていましたが、不思議な因縁で急に跡見に勤めることになりました。跡見では、一生懸命に教育に打ち込むことでなんとか自分自身を支えようとしていたような気がします。このホームページにも書いてきましたが、その頃の私は、霊的にはまったく無知のまま、事件の真相究明運動をしながら、アメリカ軍部に対する憎しみを募らせていました。コナン・ドイルやシルバー・バーチの著作に触れるようになったのも、1991年の春以来、ロンドンに住むようになってからのことです。

 メールでは、あなたは何度か流産なども経験されたようですが、無事にお子さんが授かってよかったですね。ただ、流産や子宮外妊娠でこの世に生まれなかったお子さんたちも、霊の世界では完全な身体でいまも生きておられますから、お母さんのあなたのことや 7歳になる弟さんのことは、誰よりも熱心に見守ろうとしてくれているにちがいありません。どうか、あなたからも優しい心で応えてあげてください。私のホームページの「随想」(65)に「メーテルリンクの『青い鳥』」がありますが、お子さんたちも霊界であのような兄(姉)弟の会話を交わしていたかもしれません。

 かつての私もそうでしたが、霊的なことには頭から拒絶反応を示す人々は世の中には決して少なくはありません。導かれる人は、導かれるべくして導かれるのだと思いますが、やはり、その準備ができていなければならないのでしょう。私は昨年末の「寸感・短信」(2015.12.30)に「ある末期がん患者の僧侶のことばを考える」を載せました。僧侶で医師でもある方が、「あの世があるかどうかわからず」、「いのちの苦しみ」を感じていることを私が新聞で読んで、あのような文を書いたわけですが、やはり、何かしなければならないと思い、私が霊界について書いたものを二つほどコピーして手紙と共に送りました。正月早々出過ぎたことをしてしまったようで、ちょっと気が重かったのですが、そこで、あなたからのメールに接して、少し救われたような気がしています。有難うございました。今年もどうぞお元気で過ごされますように。




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  息子と一緒に学ぶ機会が訪れることを       (2016.01.03)


 新年明けましておめでとうございます。

 初めまして。J. M と申します。2006年辺りに英国ブリストルで流産をしてから武本先生のホームページに見えない力に引き寄せられるようにたどり着きました。

 当初、先生が跡見学園の名誉教授だと知り驚きました。私も跡見短大****学科卒業で自分が2年生の時に先生が赴任されてきたようで、実家にある卒業アルバムを見て、英文学科のページで先生のお姿が拝見できたことに心から感動しました。

 先生の想像を絶する運命とそのことから立ち直られた過程のお話や、シルバーバーチやラムサ、コナン・ドイルなどをはじめたくさんの方々の霊的教訓をホームページで公開して下さるおかげで、今日まで励まされ、また沢山の事を日々学ばさせて頂いております。

 私は主人がギリシャ人なので現在、彼の出身地ギリシャの本土最南端カラマタというところに在住しております。経済危機の話題などあまり嬉しくない話題でギリシャがとり沙汰されてますが私どもはなんとかやっております。

 私事ですがその後、更に流産や子宮外妊娠などを経験したあと41歳の時に奇跡的に子供を授かり現在7歳になる息子がいます。いつか先生のホームページを息子が読めるようになり霊的なことについて一緒に学ぶ機会が訪れることを願ってやみません。

 今後も更なる霊的なお話や先生ご自身のご体験談をこちらで開くホームページで拝読させて頂けることを何よりも楽しみにしております。突然のメールでしかも乱文かつ長文、とりとめもない私事ばかり書き並べまして大変失礼致しました。これからも先生がご身体を大切になされ、お元気でいらっしゃいますことを心からお祈りしております。

 J. M.



          **********





   明けまして おめでとうございます   (2016.01.01)


 このホームページも今年の3月で、開設13年目を迎えようとしています。昨年12月27日にアクセス数が60万回を超えました。この60万回は、ホームページとしては決して大きな数字ではないかもしれませんが、私にとっては小さな数字ではありません。これまでに全国各地で、そして、アメリカやイギリスなどを含めて海外からも、このホームページをご覧くださっている多くの方々に支えられてきたことを、衷心より厚くお礼申し上げます

 私は、長い無明の旅の果てにやっと光を見出し始めた自分の姿をすべて曝け出して、ひとりでも多くの方々に何らかのご参考になればと、たどたどしい学びの足跡を書き続けてきました。はじめのうちは、日曜日を除いて毎日更新していましたが、2012年に大腸がんと動脈瘤の手術を受けてからは、週3回(月、水、金曜日)の更新に変更させていただきました。私の立場で、書くべきことはほぼ書いてきたような気もしていますので、今年からは、もう少しゆるやかに、毎月1日の「随想」などのほかは、週に 2~4回、随時に更新するということで、ご了承いただきたいと思います。

 新しい年のはじめにあたり、どうか今年も佳い年でありますように、皆様のご健勝とご多幸をこころからお祈り申しあげます。




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2005. 4~ 6
2005. 1~ 3
2004.10~12
2004. 7~ 9
2004. 4~ 6
2004. 1~ 3
2003.10~12
2003. 7~ 9
2003. 3~ 6